試合は激しいものだった。体の当りが激しくてぶつかり合う音が聞こえてくるのではないかと思ったほどだ。こんなところでは、うちのアツトクンはプレーできないと余計な心配をしてみる。選手たちは勇猛果敢なのだ。
ボールを持つ、ドリブルの体勢に入る。DFが詰めてくる。しかも2人。このまま突き進めば挟み撃ちだ、は、さ、み、うち~。
日本なら、たぶん、7割の選手はボールを後ろに戻すかパスという選択をすると思う。ところが、突進して行くのだ。牛か、おまえらぁ~。
こうなったら、ディフェンス側のファウルになるか、上手く行けば突破してチャンス到来である。ギリギリのせめぎあいだ。さらに、選手が転んでファウルにならないとサポーターが黙っちゃいない!
私は難聴になるのではないかと真剣に心配していた。耳の横で大声出さないで、おじさーん! 前を見れば、前のおじさんは耳をふさいでいる。スタジアムで難聴になるって言うのは、マジであるのかもしれない。怖い!

ベンフィカの応援は、組織化された応援団があるのかどうか良くわからなかった。両ゴール裏に一塊の軍団はいたようで、お互いにチャントを交し合っていた。アウェイ・チームのサポーターはほんの少々であった。とにかく、スタジアム全体が熱気に包まれて大音響。歌やコールはゴール裏が中心になって全体的に広がっていく。もちろん、メインの人たちも歌ったりしている人の方が多い。しかし、それがない時でもヤジる、大きな声で感想を述べる、口笛をふく、ブーイングをする。静かな時間がない。
昔のテレビ放送はセリエAが中心だったから、あの応援の雰囲気、スタジアム全体がうぉーというなんとも言えない音に包まれている感じにあこがれていた。イタリアのスタジアム通いを続けるうちに、クルバに合わせて歌ったりしていない時にも常にほとんどの人の口が何かしら動いているから大声援に聞こえるのだとわかった。
中でも印象的だったのが、フィオレンティーナの試合を見た時のことだ。私の横にいた老婦人が、いまひとつ調子が出ないルイ・コスタの大ファンらしく、「おー、ルイ、ルイ、ルイ、あー、ちょっと違うわよ、ルイ、ルイ、あぁ~」ってな具合でずっと独り言で応援をしていたことだ。
そのルイ・コスタ縁のベンフィカの試合に話を戻すと、思いもよらぬことを体験した。隣の席のうるさいおやじが「う!、う!、う!」と言っているのが、最初は良くわからなかった。が、意図することに気がついた瞬間から、私の気分は最低レベルに落ち込んだ。話には聞いていたがアフリカ系選手に対する猿の鳴き声を真似ている。スタジアム全体から見れば少ないとは思うけれど、ひどすぎる。理解が出来ない。相手チーム、レイシオスにいるカメルーン出身のFW、Pouga選手に対するものだ。
隣の人に「やめて!」と言いたくなったが、そんなことを言ったところで何も変わらないだろう。私はそんなことをしている彼の顔を見ることも出来なかったが、何かを考えた末、猿の鳴き声を真似ているとは思えない。おそらく何も考えていない。
当の選手はピッチ上で挑発を受け(これは人種差別ではないけれど、心理作戦にまんまと嵌められたように見えた。主審も)カード2枚で27分に退場してしまった。退場する時もとなりのおやじは勝ち誇ったように「う!う!」である。毎試合、こんな仕打ちを受けながら試合をしているのだろうか。悲しい。それに、自分のチームにだってブラジル人だけどアフリカ系の選手がいるのだ。彼らは何を感じているのだろうか。

はぁ~とテンションが下がる。試合も相手が一人減っているのに点が入りそうで入らない。少々、まわりもイラついている様子だ。しかし、ドラマは待っていた。前半のロスタイムに入ったところでフリーキック。アイマールが蹴ったボールがブラジル人、David Luisにドンピシャ。見事なヘディング・ゴールが決まった。私も立ち上がって喜ぶ!
David Luis君は私が練習中に目をつけた23番クンである。喜びでクリクリ頭が爆発している!(写真は言うまでもなくプロ(^^;)
まだ22歳なんだね。アツトが出ていたワールドユースでブラジル代表だったようだ。フル代表になれるようにがんばれ!
そしてハーフタイム。隣のおやじは家に帰ったようだ。恐妻家で何より(と勝手に決め付ける)。心底ほっとした。私の横にいる女性と前の席のおじさんはソシオのカードや代表のカードを見せ合ってひとしきりサッカーについて語らっている。
後半はさらに一名を退場に追い込み楽勝の展開。56分、75分、81分、89分に得点を重ねた。途中でアイマールもサビオラもお疲れ様の交代。おかげでヌーノ・ゴメスが見られた。相変わらず大きな目だ。こうなったら、ヌーノ・ゴメスの得点も見たいと思ったが、それは叶わず、5-0で試合は終わった。

アイマールは今年30歳、サビオラは28歳になる。今までの注目のされかた、スペインのリーガで活躍していたことを考えると、ベンフィカでプレーをすると言うのは「都落ち」のような感じがする。いや、していた。でも、チームの中心選手としてサポーターの熱心な応援のもと、思うようにプレー出来ればそれで良いのかもしれない。必要とされるということが何よりのモチベーションになるはず。そして、活躍すれば代表への道も開ける。サッカー人生はまだまだ続くのだ。がんばれー。そうそう、サビオラうさぎは、体が小さいのに律儀にシャツをパンツの中に入れるから背番号30の下が欠けていた。
前のおじさんの「楽しかったか?」という声に、「楽しかったよ。ありがとう!」と返事してスタジアムを後にした。 4万3千人もの人が一斉に帰宅をするとどうなるのかなと思ったけれど、ある意味、予想どおり、たいした混雑もなく地下鉄に乗れた。これが、海外観戦、私の七不思議のひとつである。4万人だろうが5万人だろうが7万人だろうが、日産スタジアムや埼玉スタジアムからの帰路のように、道を歩くに歩けないなんてことになったことはない。
安全な地下鉄の中で、ふと見ると、試合帰りのお祖父さんと幼稚園ぐらいのお孫さんが腰掛けていた。男の子の膝の上にはベンフィカのマフラー。おじいさんが鷲の絵を指差して話している。男の子はお祖父さんの話が終わってもマフラーを大切そうに何度も何度も触っていた。

小さな手に握られた小さなマフラー。髪には赤い花。一人前のサポーターです!
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