感想文:乗代雄介著『旅する練習』
サッカー好きの小学6年生、亜美(あび)と作家である亜美のおじが、春休みに鹿嶋を目指して歩く話と聞けば読まずにはいられない!と買ったはいいけれど、ずっと積読になっていた。病院の診察待ちで読む本に重さが軽い本はないかと探して積読の山から取り出した。
中学に入ってもサッカーを続ける亜美はリフティングやドリブル、時にはおじさんとパス交換などサッカーの練習をしながら旅をする。おじさんは風景を書くという練習をするという設定で話が進んでいく。
私が鹿嶋に行くときは東京から高速バスで行くので、この二人が歩く道は最後の鹿島神宮のところ以外はまったく知らない。おじさんの風景描写を頼りに想像力を働かせながら読み進めていたけれど、なかなか厳しい。想像力が足りない。この先、読み続けて鹿嶋にたどり着けるのだろうかと不安になり始めたが、第三の登場人物、みどりさんが旅に加わって、俄然、面白くなった。
亜美はほんの短い時間、みどりさんの姿を見ただけで鹿島のサポーターだと気が付く。リュックにぶらさがっていたキーホルダー、着ていたジャケットの色だ。これは、サッカーファンあるあるだ。町でふとすれ違った人の持ち物や服の色で応援しているチームがわかる。よくぞ、そういうことを書いてくれた!
みどりさんが鹿島のサポーターになったきっかけはジーコだ。その理由がみどりさんの口から語られるのだが、現役時代のプレーでも鹿島における功績でもない。テレビ画面越しに見た日常の何気ないふるまいである。その話がストンと腑に落ちた。なぜなら、私が鹿島ファンになったきっかけも似たようなものだったから。私の場合、試合中のしぐさなのでプレーと言えばプレーだが、ヴェルディ川崎(当時)戦の「つば吐き事件」とその後のジーコのふるまいだ。
サポーターになるきっかけは人それぞれだし、プレーや試合だけではない。ふとしたことから、その人やクラブへの興味が深まって、熱心なサポーターになる。だから、そういう話を小説で読むことができてうれしくなった。物語の中でジーコはみどりさんの人生に大きくかかわっていく。
「この人のこと知らなかったら、旅にも出てなかったし、二人にも会えなかった。それってすごく不思議なことでしょう」
(中略)
「大切なことに生きるのを合わせてみるよ、私も」
コロナ渦に書かれた小説であり、3年経った今、2020年春の空気を思い出させる話でもある。おそらく、この話の続きはない。でも、それぞれの3年後を知りたい気がする。
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