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quinta-feira, 10 de janeiro de 2013

ワールドカップから10年ー6月に思っていたこと【長文】

2002年の日韓共催のワールドカップから10年である。もう10年なのか、たったの10年なのか、人それぞれの思いがあるだろうが、サッカーメディアはこの10年を振り返るとか2002年ワールドカップの特集を組むとかはしていないようだ。なんだか物足りない。ワールドカップを自国で開催するということは、人生に一度あるかないかの体験である。会社帰りに電車でワールドカップの観戦に行くなんて、すごいねすごいね!と汗だくになりながら笑っていた夏だったのに、メディアにとってはどうでもいいことになってしまったのだろうか。大会終了後に出たドキュメンタリーDVDは「6月の勝利の歌を忘れない」だったのに、忘れちゃったのかな。

たぶん、忘れたわけではないのだろう。前向きな人たちは過去を振り返らないのかもしれない。今の代表の方がずっと強いから2002年のことなど思い出す必要がないと思っているだけに違いない。過去を振り返って良かったなーと思うのは、私のような年寄りがすることなのだ。

というわけで、勝手に振り返ってみようと思う。でも、単に振り返っても面白くない。楽しく懐かしい思い出話はお茶を飲みつつ、またはお酒をのみつつすることにして、ちょっと皮肉な気分でこの10年を見てみよう。

2002年ワールドカップ招致を目指していた時の理由はなんだっただろうか? 思い出してみよう。
1つには、ワールドカップという世界最高の大会を開催することで、サッカーという素晴らしいスポーツを日本に広く根付かせることがあった。
そして2つ目は、日本のサッカーのレベルアップを、底上げを図ることだったはずだ。
私は、そんなことを手紙に書いて、2002年ワールカップ日本開催の招致活動の一翼を担おうと、ワールドカップフレンドリークラブへの入会を友人、知人にお願いをしてまわっていた。

2番目の願いは、叶えられた、もしくは叶えられつつあるのだと思う。2002年当時は想像もできなかったほど多くの選手が海外のクラブに渡って活躍している。日々、Jリーグを見ていても、選手の技術力は上がっていると感じる。昔のように見ているこちらが赤面するようなトラップミスは減り、体も強くなり、パススピードも上がっている。10年前にモヒカンのベッカムや大五郎頭のロナウドにあこがれた少年たちが今はJリーグの、日本代表の中心選手たちだ。

問題は1番目の願いだ。果たしてサッカーは日本に根付いているのだろうか。野球をするよりサッカーをする子が増えてはいるだろう。でも、これはJリーグ誕生以降、大きなブームが来て、そのまま増え続けているように思う。2002年ワールドカップの影響はあまり感じられない。では、観戦に行く人はどうなんだろうか?

気になったので、Jリーグの観客動員数を調べてみた。

Jリーグ公式の発表によると、ワールドカップの前年と2002年はそれぞれ、16,368人と16,368人。その後、2003年に17,351人、2004年から2006年までが18,000人台で推移している。しかし、新潟が2004年に昇格しているのでその影響があるかもしれない。2007年(ドイツワールドカップの翌年)に初めて19,066人と1,9000人を突破。翌2008年も19,202人。しかし、2009年、2010年は18000人台に逆戻りしてしまった。そして、昨年は15,797人である。震災の影響があったとは思う。

つまり、Jリーグに足を運んでいる人の数はワールドカップがあったからと言って飛躍的に増えていないのだ。数字を見る限りではサッカーが広く、深く根付いたとは言い切れない。Jリーグ以前と比べると根を張ったと言えるかもしれないが、なんとも頼りない根の貼り方だ。

スタジアムへ足を運ぶ人だけがサッカーファンということではないということはわかる。近くにJのクラブがないとか、仕事の都合、家庭の都合などの理由で行けない人もいるだろう。しかし、だからこそ、全体のパイが大きくならなければスタジアムが観衆で埋まることはないのだ。

スタジアムへ行って好きなチームを応援するということはどういうことだろうか。
勝てば歓喜、感動が待っている。しかし、常に勝つわけがない。接戦で負けることもあれば、箸にも棒にもかからない試合のこともある。はらわたが煮えくりかえることもあれば、悲しくて仕方がないこともある。選手が厳しい環境で戦っているように、サポーターも胃が痛くなるような思いをしているのだ。そういうことを続けているうちに、選手が最後まであきらめないプレーが出来るようにサポーターもあきらめないようになる。あきらめの悪いサポーターになって選手を後押しするのである。

代表の試合に行くたびに違和感がある。日本代表サポーターは一生懸命応援しているのだが、彼らの多くは、「お祭りのノリ」で応援していると私は感じる。サッカー観戦が楽しいのはいいことだが、実際に試合を応援するって楽しいことだけじゃない。
そういうことは、代表の試合だけに応援に来る、普段はサッカー見てません、応援するクラブはありませんでは、なかなか知ることができない。日々、愛するクラブが勝ったり負けたりすることで、身を持って知っていくことなのだ。サッカー観戦が楽しいお祭りであると思っている限り、大事な試合で先制をされたら、2002年の宮城スタジアムと同じ光景になるだろう。目の前で起きていることが信じられないから、茫然とする。勝てる気がしなくなる。さっきまで大声で歌っていた人たちが、シーンとしている。まだまだ勝てるチャンスはあったというのに。

以上は、昨年書いていた文章。
そして、2012年、鹿島スタジアムへの来場者数は激減していた。もともと薄かった2002年ワールドカップ効果もなくなり、今まで来ていた人が来なくなり、新しいファンも増えない。寂しすぎる。あのガラガラのスタジアムが見慣れてきているのが怖い。なんとかしたいと思う。私ひとりの力ではどうにもならないけれど、いろんな知恵を出し合って毎試合、せめて2万5000人ぐらいは入ってほしい。

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