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sábado, 21 de novembro de 2009

この国の審判のこと (つづき)

ジーコは良くレフリングについて文句、意見を言っていた。
そのことについて、ネガティブに考えている人って多いのかなと思わされた本があった。
宇都宮徹壱氏の「フットボールの犬」。

ジーコのことが出てくるのは「ロシア」について書いてあるところだ。宇都宮氏がこの夏に見に行ったロシア・リーグの試合がジーコが指揮をしていたCSKAモスクワとロコモティフ・モスクワの対戦だった。

写真のキャプション。
「CSKAモスクワのジーコ監督、ジャッジへの批判は相変わらずだ」

文中から。
「ジーコは (中略) と、いつものごとくジャッジへの不満をぶちまけていた」

その他、ジーコに関する記述で「あのジーコ」「この人」と言うような書き方をしていることから推測すれば、宇都宮氏はジーコに対して好意的ではないらしい。
が、それは仕方がないことだ。人はそれぞれの好き嫌いがある。
ただ、宇都宮氏はJリーグに、日本のサッカーにジーコが残してくれたものについて考えたことがあるのだろうか? ジーコがどれだけ献身的に日本のサッカー向上について考えていたのか知っているのだろうか? ジャーナリストとして、ジーコとサッカーについて取材をし深く考察したことがあるのだろうか?

写真はベンチ横に立っているジーコを撮ったものだ。ここまで近くに行ったなら、こんにちはの挨拶ぐらいしたのかな、4年間、ジーコの日本代表を取材してきたのなら当然だろうな思うが、ジーコの表情からは何も読み取れない。

ジーコがレフリングについて非難を繰返していた時、多くの人は「またか・・・」と思った聞いていただけなんだと、今更ながら知った。日本代表監督として非難していたのは外国の審判団のことだったが、ジーコの話に耳を傾けていなかったのだ。ただうるさいと思っていたのだろう。確かに同じことを何度も聞かされればうんざりすることもある。 

でも、ジーコの真意を理解しようとしていなかったのは大きな損失だ。
ジーコは声に出して言っていたこともある。自分が審判について厳しいことを言うのは、選手は人生をかけてプレーをしている。この試合の為に、1週間、1年、何年もかけて準備をしているのだ。だから、審判も同じ気持ちでやって欲しいと。このままではいけないと。(記憶に頼っているので、言葉遣いは違う)

時々、思う。私たちは非常に損をしている。何十年、プロ・サッカーの世界で生きてきたジーコやうちの監督さんが一生懸命、日本のためにと話をしてくれているのに、それを真面目に聞いていない。ジョルジーニョが良く言っていたと思う。何でも聞いて欲しい、自分のわかることは話す、教える、自分たちを利用して欲しいと。

ジーコの精神は鹿島だけではなく、日本の財産になれたはずなのに。逃した宝は大きい。もう戻ってこない。

最後に鹿島は監督が言っていることが正しいと思うなら、なんらかのアクションを取って監督をサポートすべきだと思う。これだけの監督に逃げられてしまうのは鹿島にとっても痛手だ。

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