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domingo, 28 de dezembro de 2008

春夏秋冬

声をあげる、まずは身近なところから。

Jリーグの秋冬制に反対である。
私は、A3で2月の観戦を体験するまでは賛成というか、ヨーロッパと同じカレンダーの方がシーズン途中でレオを連れていかれたというようなことを起きなくて良いと思っていた。

しかし、あの国立は寒かった。
私は海外で秋から冬の観戦を数多く(^^;こなしているが、雪が降っていたトリノのデッレ・アルピも寒かったが、雪も降っていない国立で、暖冬の東京で涙が出るほど寒かったのだ。
又、今回、札幌に行って実感。スタジアムは良い。屋根がある。むしろ鹿島より暖かいぐらいだった。しかし、地下鉄の駅まで歩くのが寒かった。もういや!と思った。雪がもっと降っていたらどうやって歩くのだ・・・・。アウェイサポは特に苦労するだろうな。「サッカー批評」で犬飼氏は「炎天下に4時間並ぶより良いだろう」と言っていたが、雪が降っていたり、気温が零度を下回っているところで4時間待つことを我慢比べのように比較するのは、お金を払って観戦する人たちに対して傲慢以外のなにものでもない。

スタジアムや練習場だけの問題ではないのだ。

ヨーロッパの人は寒い中でも見ていると言うが、彼らだって喜んで寒さに耐えているわけではないでしょう。寒そうにしている。ハーフタイムに立っている人が多いのは立っている方が寒さを感じないからだ。それに男性が大多数だから、女性や子供の多い日本とは単純に比較しないでほしい。

サッカーというスポーツは運動量が多いから酷暑の中で行うより寒いときの方が向いているとは思う。しかし、観客あってのプロ・スポーツなのだ。
では、なぜ、ヨーロッパで冬の観戦はイヤだ!と言う声が出ていないのだろうか(出ていないんだよね!?)。たぶん、それは秋から物事が始まるという生活が身についているからだと思う。それに、夏はバカンスに出て町に人がいないのだ。誰もそんな時期にサッカーをしたところで観戦には行かないでしょう。100年以上の歴史の中でいつこのシーズンが固定化されたのか知らないけれど、秋から始まるというのが、すっかり生活のパターンとなりDNAとなっているのだ。春になり新緑が美しい季節になると、「あー、優勝が決まるな」「う!降格か!」というような気持ちが強くなってくるのだ。

だから、今更、変更するほどの意味がないのだと思う。それに、それこそ世界のサッカー・カレンダーをすべて変える必要が出てくる。

私の気持ちを言えば、日本人だから、「早く来い、春よ来い!サッカー観戦が又、始められる春が待ち遠しい」とみよちゃんの心境である。
秋が深まり朝晩の冷え込みが感じられる時期に、優勝争いに残っていられるのは格別な気持ちだ。

サッカー観戦歴14年ですでに生活のパターン化している。

とまぁ、私の都合や気持ちだけで物事を言うのもなんですが、青木選手の言うとおり、暑い夏を戦っているからアジアの戦いで勝ち抜ける力がついているというのは、大きいのではないだろうか?

とにかく、犬飼氏はもう少し(いや、かなり)、考えてから意見を言ってもらいたい。「サッカー批評」のインタビューを読む限り、場当たり的に言っているだけだ。サッカーに真剣に取り組んでいる人たちに対して失礼極まりない。オシムさんに対する決定も同じである。

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