キャプテン
本田がキャプテンだったことについて、鹿島からの帰り道、友人たちと話をした。
その当時は、特に口にすることでもなかったのか、タイミングを逸して話をしなかったのか忘れてしまったが、本田がサントスに変わってキャプテンになったと聞いた時に違和感を感じたこと。その場にいた4人が同じように思っていたらしい。たぶん、勝手にテクニックに優れた選手がキャプテンをやっている方が他の選手の信頼を集めやすいのではないかとか、ブラジル人じゃないのーと意味もなく思っていたに違いない。
ところが、エドゥー監督は知っていた。本田こそがキャプテンにふさわしいと。私たちは後々になってから本田選手がいかに若手から好かれ一目をおかれチームをまとめている親分であるかを知るようになっていった。
あの体でプロとして一流になったのだから、そうとう気が強いと思っていた。だから、ベンチが多くなって来た時、本田選手は移籍してしまうかなと思ったが、ベンチにいてもベンチからはずれるようなことがあっても、チームの中心にいた。鹿島への愛、プロ選手としての気持ちだったんだなと改めて感じた。
10年以上も前になると思うが、バンディエラと言う言葉を知った時、鹿島のバンディエラが生まれる日が来るのだろうかと非常に疑問に思った。Jの他のクラブへ移籍をしていく選手たち、海外のクラブでチャレンジをしようとする若手・・・。インファイトとは紆余曲折があったし、ネットという魔物を通して感情的にインファイトに同化したファンもいたと思う。それでも、最後には素晴らしい関係になった。鹿島で引退してくれて本当にありがとう。
引退試合とファン感の詳細についてはすでにあちこちで書かれているようだし、すでに記憶があいまいになっているので省略。
残っているのは感情だけ。
ハセさんの時のように大泣きをせずにすんで良かった。本田の意思のとおりしめっぽい引退セレモニーではなかったし、ハセさんの去り行く姿に「私の青春は終わった」と号泣している、ハセさん命!のような本田ファンがまわりにいなかったからかもしれない。それでも、宮本さんのお墓参り映像にはホロリとしてしまった。宮本さん自身が知ることはなかったけれど、BOM LEONARDOの誕生には少なからず宮本さんは関係している。人はいろんな出会いを経て生きている。
本田さんがいてチームメートがいて対戦相手がいる。日曜日はあんなに憎かったヴェルディ川崎の選手たちにも感謝の念を覚えてしまった。本田さんが言っている意味とは、私はファンだからズレはあると思うけれど、川崎がいたから打倒川崎と思ったし、あんな金やマスコミの力を借りてでかいツラしているやつには負けたくないとファンも強く強く思っていた。私は今でも緑色とサックス・ブルーの洋服はさける傾向にある。
こういう関係があったから鹿島というクラブは素晴らしいクラブになったんだ。たぶんいろんなことがあって、今、それが微妙にずれているんだろうと思う。鹿島のサポーターだけで1万5千人来るなら、相手チームのサポも入れて、せめて2万人がスタジアムへ応援に行こうって気持ちに戻らないといけない。本田さん、手を貸してください!
話が長くなってきた。百聞は一見にしかず。
引退試合と公開練習とDVDにしてくれると信じているよ、鹿島アントラーズ!
「鹿島アントラーズ」カテゴリの記事
TrackBack
TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43546/16005648
Listed below are links to weblogs that reference キャプテン:

Comments