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segunda-feira, outubro 30, 2006

みなしご鹿っ子

正直言って憂鬱だ。今の鹿島の状況である。考えるとさらに落ち込むというか不安になるので考えないようにしてきたけど、時には感情は吐き出さないといけない。ナビスコ決勝を全力で応援するためにも気持ちの整理は必要だ・・・・と思う。

4連敗。

鹿島の調子が悪くなると、それは、ここ数年繰り返してきたことだけど、「99年よりはマシだ」と考える。
99年の鹿島は本当に辛かった。ジョルジーニョが抜けて、親が突然いなくなってしまったら子供たちはこうなってしまうのではないだろうかと言う姿に見えた。ジョルジーニョという父親の戦う姿勢を見て励まされやってきたことが出来ない。小さなミス、ひとつの敗戦からも抜け出られなくなりピッチの上の彼らは途方にくれてみえた。

切り替えることが出来ないから、又負ける。負けるから自信を失くす。いったいどうしちゃったのよー。ジョルジーニョがいるから出来たというのではなく、ジョルジーニョから学んだことは彼がいなくても出来なくてどうする? それだけの精神力だったのか・・・。情けないやら悲しいやら絶望的な気分だったのである。

結局のところ、鹿島の精神であり世界一の負けず嫌いジーコがチームに戻ったことで救われた。これもバクチだとは思ったけれど。

さて、どうなりますことか・・・。

99年よりマシだと友人に言ったら、いや、そうじゃない。あの時よりひどいかもしれない。99年にはピッチの上に本田さんや秋田さんがいたし、98年組の未来が見えていた・・・と。

鹿系の掲示板を見ているわけではないのでわからないけど、監督批判って起きているのかな。
私は監督だけの責任ではないと思う。
采配面などで?なことはあるけれど、それはどんな監督も完璧な采配が出来るわけではないし、もし監督に問題があるとしたら、精神的な弱さを克服させようとしてやっていること(たぶん、何かしらしているんでしょう)が、逆効果になっているのかもしれない。これにしても、監督をサポートする体制はどうなっているのか? 日本人の若者の気質を伝えているのか?という疑問も残る。

今の鹿島は親がいなくなって途方にくれている子供ではなく、先生に叱られて萎縮して、気持ちが弱いからだと言われてさらに萎縮して、あげくにサポーターにも励まされているというより叱られている気分に陥っているのではないだろうか。

なんて弱い精神力、話にならん!プロだろう!と切って捨てられれば良いのだけれど、大切なうちの子たちですものね、捨てられないし、なんとか這い上がってきて欲しい。どうすればいいんだ!?

なんでも問題の原因はひとつではないし、私は、クラブ全体の問題だと思っている。3冠後に自惚れたキャッチフレーズをつけ始め足元を見てなかったこと、そこそこの位置で優勝争いしていることで閉塞感(あったと思うよ!)が生まれていることに気がつかなかったこと、事を丸く収めようとしてサポーターとの関係において選手を甘やかしてきたこと(私は看板越えのことにしてもサインをする場所にしても「選手の自主性に任せよ」と言いたい)、スタジアムを物産品の販売所にしてしまったこと。ユースからの育成は成功しているのか・・・。

書き出すときりがない。

そして、私はナビスコカップで優勝できないことよりファンが離れ続けていることの方が不安で心配で憂鬱だ。

でも、前を向かないとねぇ~。常に前向きなレオ、いや、前向きでいる努力をしているレオの言葉。フリークスから転載。

「チームというのはいいときもあるし悪いときもあるものです。アントラーズは以前は強かったということを考えれば、それを取り戻す努力をみんなでしていってほしいと思います。やっぱり選手たちに光り輝くものがなければお客さんは正直だから、絶対にお金を払ってくれないと思います。選手とサポーターのふれあい、小さなことかもしれないけど、そんなことでみんなが応援しようという気持ちになってくれるはずです」

(太字は私)

鹿島ファミリーのみんなが一人残らず同じ気持ちで失ったものを取り戻す努力をするしかない。自分に出来る小さなことはなんだろう。

声を出して、何があっても君たちと一緒だ!と伝えることだ。

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