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segunda-feira, agosto 28, 2006

A fan's note #2

話すと簡単なのに書こうとすると難しい。満男ちゃんが厳しい世界に挑戦する日を記念してがんばって書いてみるか・・・。

1994年 日本が出ない米国大会に行き、ブラジル戦を2戦観戦。現地で買ったブラジルのTシャツを着た。ブラジル帽子もかぶった。鹿島のバンダナを首に巻いた(もっともサッカーファンになりたてでユニは一枚も持っていなかった)。

1998年 日本が初出場したフランス大会。 ヤナギの代表落ちに不満で、いったい誰のユニを買いたいのか自分の気持ちが決まらず、代表Tシャツで日本xクロアチアを見た。日本xジャマイカは確かバンダナだけだった。ブラジルの試合には鹿島特製レオナルドTシャツを着た。

2002年 日韓大会。観戦に行った日本の2試合ではヤナギの代表ユニを来た。イタリア戦とブラジル戦にはレオナルドのセレソン・ユニを着た。他の試合は、たぶん、普通の格好をしていた。

2006年 ドイツ大会  日本xブラジル戦を含む7試合のうち、チュニジアxウクライナで鹿島ユニを着た以外はすべて日本代表柳沢ユニで通した。移動中も代表ユニを着ていた。鹿島でやっているように現地に行ってから着替えることはしなかった。

私は代表のユニをファンとして着る意味を、12年、4大会の月日をかけて知った。

今回の旅行、バゲージを無くすことで有名な飛行機会社の乗り継ぎでドイツ入りだった。出来ることなら荷物は預けたくない。もともとカメラや望遠レンズで機内持ち込みの荷物が多い。極力、持ち物を減らさないと機内持ち込み荷物としてまとまらない。いったい何を持って行こうかと思案していた。そんな時に友人が「2ちゃんねるで、他の国の試合でも代表ユニを着ている人を見たって書いてあったよ」と教えてくれた。あー、そうか、どの試合でも日本代表ユニでいいんだと思った。目からうろこ。それに、ユニは速乾性がある。洗って一晩で乾くだろう。一挙に手荷物問題は解決であった。出していたブラジル・ユニ、イタリア・ユニ、サン・ロレンツォ・ユニをタンスに戻した。

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満男ちゃん、いってらっしゃい!

又、私の家族、鹿島から「うちの子」がひとり、鹿島から旅立って行く。

Mitsuo0828
いく手にはたくさんの障害が手をこまねいて待っていることでしょう。それをわかっていても行く。スポーツ選手なら、プロなら当たり前のこと。この時期に離脱されるのは鹿島にとっては言葉に尽くせないぐらいに痛いことだけれど、活躍を祈るよ。毎日、練習でも試合でも、満男が尊敬するジョルジーニョになってください。

(ちょいと珍しい写真を)

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domingo, agosto 27, 2006

うだうだ

どうしてこういう風になってしまったんだろうなぁ~。

何が原因なのか?
小さいことの積み重ねが悪い方向に向いているんだろうか?

なんだあのように、一点取られてシュンとするのだろうか? 私は一瞬、これは試合の終盤なのか?と勘違いしてしまった。まだまだ残り時間があるあの時間帯の失点に全員が下を向いてしまうってなんだろう? 

怒られたことがない子がちょっと怒られたぐらいでシュンとするのと同じか?
恵まれた環境にいる子がちょっとした波がきただけで動揺するのと同じか?

私は鹿島の試合しか見てない。それと鹿島の選手がいる代表の試合だけだけど、あのオーストラリア戦と同じようなことを感じた。

それぐらいでびびるな!へこむな!おちこむな!(あれ、全部ひらがな)

スポ根は好きじゃない。しかし・・・・。セリエAの試合が好きかというとどちらかと言えばNOである。しかし、いつも素晴らしいなと思うのは下位チームが上位と対戦する時、特にホームに迎え撃つ時の「勝ちを奪ってやる」という姿勢だ。なぜ彼らが、あきらかにテクニックも収入も下でありながら、そういう気持ちで臨むのか? 私が思うにサッカーは必ずしも強い方が勝つとは限らないからだ。1%の望みに掛けて最後まで戦うのだ。強いチームだって弱いところと戦う時に「そこそこ」で勝ってやろうなんて姿勢はない。取れるだけ得点をして相手にダメージを与え続ける。あんたら鬼か・・・と思うこともあるが・・・。

何か、メンタルの持っていきようが、クラブ全体でずーーーーっと間違っているのではないだろうか? 王者だ王者とふんぞり返ってきたツケが出てきているのではと思ってしまった。

言いたいことは一杯あるよ。
でも、次の試合も近い。選手は気持ちを切り替えてやって欲しい。ちょっとした運があれば前半に得点出来ていて流れが変わっていたはず。あの野沢が後ろから来たボールをシュートした時は「ファンタジスタ」と半分ぐらいは思った。でも、バーに嫌われた。でも、ああいうプレーが出来るってことを続けていこうじゃないか、野沢! ファイト!

ここで言ってもしょうがないことばかりだけど、まぁ、気持ちはどこかで通じるってことです。

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quinta-feira, agosto 24, 2006

ちょっときつかった

東京都写真美術館に行ってきた。

こちらを見てきたんだが、正直言って、どよーん・・・。「絶望と希望の半世紀」と言うのだが、希望ってどこ? 半世紀、50年もの間、人が人を殺してきた記録だ。

モノクロの写真に、カラー写真に、色あせた雑誌に残る息絶えた人たち、いや、命を奪われた人たちがいる。そして、その人たちの命を奪った人たちと、写真を見ている人たち。人間がどこまで愚かに、醜くなることが出来るのか、これでもかこれでもかと突きつけれたようだ。カメラが良くなった、印刷技術が向上した、グローバル化して世界が狭くなった。携帯で素人でも写真を撮りそれがニュースになる世の中になった。でも、同じことの繰り返し。あー、今すぐに世界中の争いごとをやめてほしい。

"things as they are"というのが英語のタイトルだったのね。もうちょっと覚悟してから見に行くべきであった。

写真が伝える力強いメッセージに圧倒されながら、希望があるとすれば勇気ある写真家たちが写真を撮り続けてきたことなのかと考えたが、わからない。

見る価値のある写真だが、つらい。

こいう時はジェフ・バックリーを聞く。

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Love Letters to the South

なんで負けたんや・・・

くー、気分が悪いっす。これじゃ、寝られない。
真夜中にはかる気分転換!

Loveletters
昨年、フロリダを襲ったハリケーン・カトリーナから一年。チャリティ本が出ました。多くのスターが写真とともにメッセージを寄せております。Love Letters to the South: Message of Hope and Healing from the World's Best-Loved Celebrities という本なのですが、ヴィゴも参加しております。
ヴィゴの写真はまっすぐ正面を見ているポートレイトですが、あまり見ていると写真に穴があくより自分がとけてしまうかもしれません。少なくとも脳みそが沸騰します(^^;

Viggo-Worksにカナダからこんな話が出てました。

「この本のアイディアを持ち出したのはカナダの女性なんだけれど、ヴィゴにこの企画を話した時、彼はニューヨークの北部にいたのね。それで、ヴィゴは締め切りに間に合わせようとファックスを探して30分もドライブしてくれたのよ」(意訳)

ヴィゴらしい話ですが、ヴィゴの実家(と思われますが)の近くにはキンコーズもコンビニもないのね(^^;

この本は日本のアマゾンでも買えます。こちら。

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segunda-feira, agosto 21, 2006

気持ちの問題

試合前のアップ時からヤナギを見下ろして(^^; ゴール、今日こそゴールと念じ続けていた。試合中もゴール、ゴール、ゴールと強く念じた。その気持ちが通じてやっとヤナギのゴールが見られた!!!!! ヤナギがゴールをすると違う。スタジアムの雰囲気がガラリと変わる。

しかし、ピッチ上は・・・・
ヤナギのゴールを喜んでくれる気持ちはわかる。でも、「あ、勝った気になっちゃいかんよ」と思った矢先に1失点。交代はまだかまだかと思っているうちに同点。

あらゆる意味で気持ちが通じてしまった試合だった。

だーかーら、ネガティブなことは考えてはダメだっていうのに!

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sábado, agosto 19, 2006

完売

ヤナギがイタリアへ行く前の試合以来の完売だそうで、2003年以来というのもちょっと寂しい気もしますが、優勝や優勝争いからそれだけ遠のいているということですね。

そして、地下から沸いて出てくるのではないかと思うほどの数がいる浦和な方々(^^;のおかげで完売なのでしょう。鹿島の経営としてはありがたいことでしょうが、鹿島ファンで毎日、完売になる日が来るといいなぁ~。やっぱり、自分ちに他人がドカドカとやってくるのは気分が良くない。

しかし、負けずに応援するぞー!!!!!

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segunda-feira, agosto 14, 2006

ヨーロッパ遠征へ

ドゥンガ率いるセレソンの初試合に向け、ジョルジーニョたちはサンパウロを出発しました。

Jorginho_0813

ジョルジーニョはドゥンガと並んでベンチには座らないそうです。えーん、テレビに写らないじゃないか!? って日本で放送があるかどうかは知りませんが(^^; 無線を使ってドゥンガとコミュニケーションを取るそうです。おそらくオピッチ全体が見やすい位置にいるってことでしょう。ジーコも上から見るのが好きだったものね。

「勝つという精神があるグループだと思う。年齢は問題ではない。素晴らしい仕事が出来ると自信を持っている」
「まず勝って新しいセレソンのスタートとしたい」

Jorginho_08132

ドゥンガ先生も。いずれも13日、サンパウロの空港で。
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晴海に花火を見に行った。そよそよと風がふいていてなかなか素敵な夏の宵であった。だが、一番、印象的だったのは風情のない話であるが、「簡易トイレ」(仮設トイレ?)だ。

くさくないのである。技術のなせる技なんでしょうか? 水洗でもなくどんどん溜まっているのに(^^;
いやー、こういう技術革新は大歓迎!

そして、花火の写真は難しいを身をもって知った宵でもあった。ただでさえ難しいのに、三脚、レリース初体験だからムリもないんだけど、消化不良。ひっくり返って空だけ見上げていた方が良かったかも。

いまひとつ中途半端ではあったけれど、なにかしら夏らしいことが出来て良かった。

私にとって、子供の頃の夏は、「花火」「プール」「かきごおり」。正しく言うなら、家の庭先でする花火。線香花火とか、あー、名前が出てこない、シュルシュルと回りながら動いていく花火! 
それから、無理やりさせられる昼寝って言うのもあるな。いまなら喜んで昼寝しちゃうけど・・・。

早く寝なさーい!

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domingo, agosto 06, 2006

ワールドカップで得たもの

最近、あまり真面目に読んでいないフリークスにヤナギのインタビューが出ていたので読んだ。

印象に残ったことは、ワールドカップで得たものはという質問に対する答え。ちょっと引用。

「さっきも言いましたけど、僕個人として感じたのは完全な力不足。もっともっと練習しなくちゃいけないし、そういう意欲みたいなものが今、すごく強くありますね。思うような結果は得られませんでしたから、そのなかで何かをみつけていかないといけないし、つらいと感じることもひとつでしょうね。そういう気持ちをこの先につなげていきたいと思っています。正直、まだまだ整理がつかない部分も多いんですけど、プロとしてしっかりと受け止めて、耐えていかなけらばいけないですね」

ヤナギはやっぱり偉いなぁ~、年下でも尊敬できる人は尊敬できる。生きていくのに大人になってしまったら年なんて関係ないなぁ~と、自分を振り返り反省だ。

正直な話、落ち込むというか本当につらい思いをすることが多いと思う。でも、それを先に繋げて行こうとするところがえらい。

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レオナルドも大賛成!

ブラジルのニュースによると、レオは土曜日にマラカナンで行われたフラメンゴ対ゴイアスの試合を見に来ていたようです。

「ドゥンガが選ばれて嬉しい。ドゥンガは常にリーダーシップがあってカリスマ性もあるし、ワールドカップで出来なかったことができると思う」
「ドイツ大会でおかした失敗を繰り返さないためにもセレソンの改革を手がけることは必要だ」

まだ休暇中ってことなのか、何か仕事でブラジルにいるのかなぁ~。

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sábado, agosto 05, 2006

ジズー

私にとってジダンという選手は1998年ワールドカップ決勝でブラジルから優勝をもぎ取った男である。フランス大会が語られる度に映像として流される、または写真として掲載されるレオナルドに競り勝つジダン。レオの背番号18がジダンに押しつぶされている。こんなのばかり見せられる。その度にむっとする。見たくないと思う。

でも、基本的には、特に何がどうこうという思い入れがない選手。どちらかと言えば、ユーベで私の嫌いなリッピの下で活躍したこともあって「ふーん・・・・」ってな男ではあるのだが、まぁ、特に大嫌いということもない。ただ、あの決勝での活躍はやめてほしかった。

それでも、きっと何かの縁があったら好きになったタイプの選手だとは思う。あの足技にはため息がもれる。私が小さい子供だったら、自分にもなんでも出来るんだと信じられる子供だったら、きっと一生懸命、マルセイユ・ターンをマネしたと思う。そういう選手だと言うのはよくわかる。

ドイツ大会の準決勝、フランス対ブラジルの時間、私はちょうど飛行機で移動中だった。シャルル・ドゴール空港の出発ターミナルに着いた直後にターミナル中が揺れるのではないかと思う大歓声が響いた。お店から仕事をほっぽりだして走り出しテレビのあるところに行く人! フランスが先制したんだとわかった。足取り重くテレビがあるカフェに向かった。ジズーの大合唱だ。又、この男にやられてしまったのか。ブラジルはジダンに勝てないのか。ゴールを決めたわけではないけどジズーの活躍がフランスを引っ張っている。タバコの煙に目をしょわしょわさせながら背が高い人の隙間からテレビを見続けた。ブラジルは空回りをするばかり。時間の経過と共にあせっているのがテレビ画面を通してでもわかる。チームとして動けないブラジル。フランスは余裕だ。まるで、ここパリにいる人たちの声援も受けているかのようだ。出発ゲートからファイナル・コールが聞こえてくるところもある。でも、人々は動かない。じりじりとフランスの勝利の時を待っている。私は日本の次に応援している国が敗退していくであろう時を悔しい思いで待っている。又、ジダンのせいで、ジダンのせいで勝てそうにない。時の流れはフランス。

そして、笛。
脱兎のごとくカフェを飛び出していく人々。私の横をジズー!と叫びながら大の大人が走っていった。

なんたる苦々しさ。

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quinta-feira, agosto 03, 2006

【メモ】ヴィゴ映画

ヴィゴのお仕事予定。
この間に旅行をし写真を撮り出版社を仕切り小間使いのように働き(^^; 詩を書き、もしかしたらまだ絵も描いているかもしれない。毎日、新聞を何種類も読みブログを更新して・・・

アラトリステのプロモも始まるしね。

からだを大切に!

●Eastern Promises(ヴィゴのマネージャーが出演を確認)
クローネンバーグ監督作品。舞台はロンドン。ロシア人(マフィア?)の役。年内撮影?来年秋公開。主役は女性(おそらく)

●Applooosa(マネジャー確認)
エド・ハリス、ダイアン・レインと共演のウエスタン。原作はロバート・パーカー(一時は、はまって読んでいた>私)
年内撮影、2007年秋公開

●Good(ほぼ確認、監督が具体的にヴィゴの名前を出している)
舞台で大ヒットした作品の映画化。ブラジル人監督ヴィセンテ・アモリンの初国際映画。彼の2003年の作品”オイ ビシクレッタ”(原題 "O Caminho das Nuvens")が10月、渋谷で公開。
「ドイツ人の教授役。舞台は第二次世界大戦中。
撮影来年3月 公開再来年?

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語っていること 語っていないこと

ワールドカップ旅行から帰ってきて早くも一ヶ月がすぎた。次のワールドカップまで3年と11ヶ月だ(^^;

帰国してから、友人や知人に好んで聞いてくれているかどうかは別にして、私のドイツでの体験談を話しているんだけど、サッカーについては、特に試合の内容については、ほとんど語っていないことに気がついた。たぶん1%ぐらいしか話していない。自分にとって印象に残ったことを話しているわけだから試合ってどうでも良かったのかしら? まぁ、試合はテレビで見ているだろうかと言うこともあるし試合について語るのは苦手だということもあるのかもしれない。

ブラジル戦終了後の中田のことを良く訊かれる。泣いていたねと。私の答えは「倒れこんで寝ている人がいたのは知っていたけど中田だとは気がついていなかったしスタンドからでは泣いているかどうかはわからなかった」。 あのスタジアムでどれだけの人があの中田に気がついていたのだろうか? 

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terça-feira, agosto 01, 2006

ジョルジーニョ助監督!

決まりましたね! ジョルジーニョはドゥンガと一緒にセレソンを率います。肩書きは日本の報道ではコーチとなっていますが、ポルトガル語を直訳すると「助監督」。監督を補佐するということでしょう。仕事としての役回りはどういうことなのかなぁ~。

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ベンチで怒鳴るドゥンガをなだめる役か、それとも一緒になって怒鳴るのか。ジョルジーニョの声は通るからなぁ~。あー、ノルウェーのオスロである親善試合に行きたい! 久々に親善試合を日本でやってくれないでしょうかしらん。その時にはレオナルドは広報担当で!

さて、真面目にちょっと翻訳。

「ジョルジーニョはセレソンでの機会を与えてくれたドゥンガに感謝している」というのはTerraというサイトのタイトル。

「信頼を示してくれたドゥンガに大変感謝している。全力を尽くしてドゥンガを助けたい。最大限の誠意を持って仕事をする」(ジョルジーニョらしいコメントだ)

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ジョルジーニョはドゥンガが代表監督に選ばれたことで、CBFは正しい選択をし自分たちの世代が責任を負う時が来たんだと感じていたそうです。が、まさか、自分にこんなに早くチャンスが巡ってくるとは思っていなかったとか。

ジョルジーニョによるとドゥンガとの最初の出会いは1982年のことで、セレソン代表(ジュニオール年代 ユース?)に選ばれた時だそうです。そのチームは南米でチャンピオンになり、翌年、メキシコで行われたワールド・ユースで優勝をしたのであります。

ジョルジーニョはジーコ兄ちゃんエドゥに引っ張り上げてもらったアメリカでプロ選手としてスタートしましたが、そのアメリカでプレーをしたことが代表選手として呼ばれるきっかけとなり、又、フラメンゴという大きなクラブに移籍することにも繋がりました。さらに、この春、アメリカで監督をしたことが助監督への道へと繋がったということで、「アメリカはボクに2度も門を開いてくれた」と感謝しています。

今回の話は先週、サッカー協会会長のティシェイラから電話を貰ったのが最初だったそうです(まぁ、そのために日本に来なかったわけですが・・・仕方ありません)

「自分も家族もものすごく感敵をした。今すぐにでも仕事をしたい気分だよ」

されあに、「初めて代表に選ばれた時のような気持ちだ。セレソンに選ばれることはプロ選手すべての夢。ドゥンガと一緒に働けることを誇りに思う」

ジョルジーニョのセレソン歴は1987年のコパ・アメリカから始まりました。エクアドールで行われた親善試合が最初の試合。その試合はジョルジーニョのゴールを含む4ゴール、1失点でブラジルの勝利でした。

2010年に向かって充実した4年(弱)でありますように! Forca Jorginho!

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